もともとはフランステレコムのイギリスでの携帯電話子会社であるOrangeUKと、ドイツテレコムのイギリスでの携帯電話子会社であるT-モバイルとのジョイントベンチャーであったEEだが、現在はイギリスの大手通信事業会社「BTグループ」がオーナーとなっている。
2014年2月に6年間のパートナシップをFAと結んでから、EEはフットボール(サッカー)の聖地とも呼ばれる「ウェンブリー・スタジアム」に高速Wi-Fiを導入するなど、ITでスタジアムを強化する「スマートスタジアム」を進めてきた。しかしEEが提供しているのはスタジアムWi-Fiだけではない。
ウェンブリーの公式アプリ
EEはウェンブリーの公式アプリに携わっており、ユーザーの体験を最適化する様々な技術を提供している。
・Browse events
ウェンブリーで行われる全てのイベントを確認でき、カレンダーに追加したり、友達にシェアができる。
・Seat view
スタジアムに行く前に自分の座席から見える景色を確認できる。
・Find your seat
自分の座席までの最短ルートを確認できる。
・Travel planner
ウェンブリーまでの全ての交通手段を確認できる。
シンプルな機能ではあるが、1つのアプリにまとまっており、ウェンブリーを定期的に訪れる人にとっては大変便利なアプリだ。ユーザーはアプリを開くたびに「EE」の名前を目にするため、このアプリ自体が企業の宣伝にもなっている。
LIGHT THE ARCH
ウェンブリー・スタジアムのシンボルとも言えるのが、スタジアム上空にかかるアーチだ。EEはこのアーチを活用し、子供でも簡単にプログラミングやコーディングの基礎が学べるアプリを開発した。アプリはこちら。
プログラミングやコーディングを、身近なウェンブリーアーチを題材に学んでもらおうというアイディアは非常にユニークであり、子どもたちも楽しみながら取り組める。もしかしたらこれがきっかけにプログラミングやコーディングに本気で取り組み、将来的にはEEで働く子どもたちが生まれるかもしれない素敵な取り組みだ。
体験した子どもたちはすぐに携帯を使わなくても、EEに対してポジティブなイメージを持つ点で将来的なブランディング効果も期待できる。親にとっても子どもの可能性が広がる魅力的なアプリであるため、EEにポジティブなイメージを持つきっかけとなるだろう。
スタジアムツアーにテクノロジーを導入
ウェンブリー・スタジアムでは観光客向けのスタジアムツアーも行われている。このツアーでは「EE SmartGuide」と呼ばれるデジタル端末が配られスタジアムを回る。このデジタル端末を使って、ツアー中に様々な体験ができる。
- エミレーツFAカップのそばに掲示されているコードをスキャンすると試合映像が流れる。
- アーチやスクリーンなどの設備の詳しい説明や選手の詳細を確認できる。
- 360度カメラを活用し臨場感ある記者会見やスタジアムの様子を体験できる。
ここまでデジタル技術が取り入れられたスタジアムツアーは少ない。訪れた人々はEEのデジタル端末を使って貴重な体験ができるため、ここでもまたEEに対してポジティブなイメージを持つ機会となっている。スタジアムツアーにスポンサー企業の技術を導入するのはシンプルではあるが、来場者に対して非常に効果的な宣伝手段であろう。
Youtuberによる Wembley Cup 2017 の冠スポンサー
EEはYoutuberと共にWembley Cup 2017というYouTube番組を制作した。全部で10個の対戦型のエピソードがあり、特に注目されたのがウェンブリー・スタジアムでの真剣なサッカーマッチだ。
チャンネル登録者が190万人を超えるスペンサー・オーウェンを筆頭に、28人のYoutuber が参加した。加えてジェラード、ヘスキー、ファウラーといったイングランドサッカー界のレジェンドも参加しており、EEはこの試合の冠スポンサーを務めた。正式なプロの試合でないにも関わらず、32000人という大勢のファンがスタジアムに来場した。
この試合では、1つのチケットの2ポンド(約300円)分が Sports Relief というテレソン(基金募集のためなどの長時間テレビ番組)に寄付され、合計で60000ポンド(約900万円)以上の寄付金が集まった。(*2017年11月30日現在のレートで計算)また、ビデオアシスタントレフリー(VAR)がイングランドで初めて導入された試合となり注目を集めた。
10個のエピソードの視聴数の合計は2000万回にも及び、そのうちの70%が広告費がかからないOwned Media と Erned Mediaによってもたらされた。また、ターゲットオーディエンスの80%に4週間以内にリーチ、90%のポジティブエンゲージメント、ターゲットオーディエンスのブランド想起率が81%増加するなど、多くの面で成功した取り組みとなった。
Youtuberはデジタルネイティブのミレニアル世代(1980年代から2000年初頭までに生まれた世代)に人気のコンテンツだ。つまりWembley Cup 2017の視聴者もこのミレニアル世代が自然と多くなる。従来のマスメディアではアプローチが難しいミレニアル世代にアプローチする手段として、Youtuberは非常に効果的だろう。現に多くの広告費をかけず大勢の人々へのリーチに成功している点からも、YoutubeやSNSの効果的な活用事例と言える。
日本におけるテクノロジー×スポーツ×スタジアム
EEとウェンブリーによるこうした取り組みは、日本でも実現に向けて進み始めている。注目すべきは、Jリーグ、DAZN、NTTグループによる「スマートスタジアム事業」だ。
スマートスタジアム事業が進むことで、試合中に選手のスタッツを見ながら観戦できたり、見逃したゴールシーンなどをすぐさまスマホなので確認ができるようになり、観戦体験の最適化が施される。また、スタジアムを起点にした試合観戦以外の体験の創出、周辺地域の商業や観光施設との協業で地域振興にも貢献していくという。
このように、スタジアムとスポーツに対する注目度は日本でも高まってきており、EEとウェンブリーの事例からも参考になる点が非常に多いのではないだろうか。EEは技術提供はもちろん「自社の取り組みをいかに多くの人々に伝えていくか」という点で非常に優れたアクティベーションを行なっている。日本におけるスマートスタジアム事業が、EEとウェンブリーのように多くの人々に知れ渡るとともに、日本のスポーツを大きく発展するきっかけとなっていってほしい。